上場するような大手企業では当たり前に導入されている「月次決算」(月次会計)ですが、小規模・中規模の企業や個人事業では作成していないことが多いです。
しかしながら、本来はそのような規模の事業を営んでいる方にこそ月次決算が必要なのです。
今回は必要な理由と、作成する際の注意点について紹介します。
月次決算が必要な理由
制度上は不要
会社法その他、月次決算を作成することを要するルールは存在しません。上場企業などで四半期決算が必要なケースはありますが、それでも月次までは必要とされません。
実際、作成した月次決算を社外に提出する機会はあまり無いと思います。せいぜい借入先の銀行への説明に使える程度ではないでしょうか。
「じゃあ要らないのでは?」と思われるかもしれませんが、次に必要な理由をご説明します。
事業の成長のためには必要不可欠
事業を取り巻く環境は日々変化していくものです。
内部環境でも、年度の途中から従業員を採用することもあるでしょうし、システムを追加導入することもあるでしょう。外部環境で言えば、近隣に競合店舗が出店した、大口の取引先が倒産したなど様々な事象が考えられます。
そのような時に「自分の会社は大丈夫か?」と気になることと思いますが、考える上で基準となる足元の利益の数字がわからないと検討のしようがありません。
毎年確定申告はされていると思いますが、時期によっては1年近く前の数字になっていますので、その数字が正しく現状を反映しているかは怪しいものです。
月次決算を行うことで、ご自身が今置かれている状況をリアルタイムで把握し、経営判断を行うことが出来るようになるのです。
毎月の売上目標の目安がわかる
特に起業後間もない時期は必要売上額の目安がわからず不安になりやすいですが、各月の決算をしっかり作っておくことで早期に不安を払拭することができます。(もちろん売上は必要ですが)
月次決算をしていなくても、通帳の残高はよく見ているからそれで大丈夫じゃないかという意見もあります。
しかしながら、いくつか問題があります。
売掛金回収のタイムラグ
店舗営業で現金払いが主、などといった場合はよいですが、売掛金の回収が2~3ヶ月後などの場合、通帳の入金額に反映されているのは2~3ヶ月前の売上です。
仮にここ1~2ヶ月の売上が芳しくなかった場合、残高が厳しくなってから気づいても手遅れになってしまうことも起こり得ます。
特に、「儲かっている」と勘違いしてお金を使ってしまっているとなおのことです。黒字倒産にもつながりかねません。
一括払いの年間支払いなど
税金やサービスの年間利用料など、1年分をまとめて支払うことも多いかと思います。
ここ何ヶ月かの通帳残高が横ばいだからといって安心していては、急な多額の支払いに耐えられません。
年間払いの費用が月々いくらの費用になるかも踏まえて、月々の目標額を設定する必要があります。
問題を早期に発見出来る
経営者にとって「問題に気付かない」のは致命的です。月次で損益の動きを頻繁に確認しておくことで、問題となりうるサインを見逃しにくくなります。
早めに対策することで、問題が顕在化する前に対処することにつながり、結果として経営の安定感も高まります。
経理担当者のスキル向上につながる
ある程度の規模になると経理(総務)専任の従業員が居たりすると思いますが、経験が浅い従業員が担当しているなどの場合、年に1度の決算業務ではなかなか経験値が貯まりません。
かといって有スキル者を探すのも大変ですし、記帳代行を外部に依頼するのにも費用がかかります。
そこで、毎月月次決算という形でしっかり記帳させることによって、経理担当者のスキル向上の速度を速め、優秀な経理担当者を育成することにつながります。
月次決算の作成方法
明確なルールは無い
提出義務が無く、社内限りの資料ということは特段ルール付けされていないということです。
好きに出来るので楽とも言えますが、会社の状況を適切に反映するためには、売上をどう区分して管理すべきかなど、考えるべきことは多いです。
難しい点もありますが、しっかりした月次決算を行っていれば、「自分の会社がどういう状況か」自身を持って説明することが出来るようになります。
基本的には年間の決算と同じ
基本的に「記帳をしっかり行う」ことが大事なのは年間の決算を作成する時と変わりません。
そもそも、月次と年間でやり方がまるっきり違ってしまえば混乱するだけなので、極力同様のやり方を踏襲する方が良いでしょう。
もし今まで年度末に一気に領収書を税理士に渡すなどしてまとめて仕訳記帳を行っていたのであれば、各月すぐに仕訳を入れるようにやり方を見直す必要があります。
一括払いの費用は各月に分割
先にも触れましたが、特定の月に支出が固まっている場合、各月に正しく分割しないと会社の実力値を適切に理解出来ません。
なので、少し面倒ではありますが、支払いは一回であっても仕訳は毎月入れる必要があります。
例えば、クラウドの会計サービスの年間使用料を支払った場合を考えてみましょう。おそらく、普通に仕訳を入れると次のようになるはずです。(3月決算としておきます)
2019/4/1 | (借方)通信費 12,000 | (貸方)現金預金 12,000 |
しかしながら年間利用料なので、4月の利用のためだけに支払ったものではありません。これを月次決算に適切に反映させると次のようになります。
2019/4/1 | (借方)通信費 1,000 前払金11,000 | (貸方)現金預金 12,000 |
2019/5/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/6/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/7/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/8/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/9/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/10/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/11/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/12/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2020/1/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2020/2/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2020/3/1 | (借方)通信費 1,000 | (貸方)前払金 1,000 |
2019/4/1~2020/3/31までの利用に係る費用であれば上記のようになります。4月に年間分を前払いした、という整理です。
決算整理に注意
分割する際に気を付ける点のひとつが決算整理です。
特に会計ソフトを使用しているなどであれば自動で仕訳されるので気にしたことがないかもしれませんが、固定資産が多いなどであれば減価償却費の影響が大きいです。また、拡大期の会社であれば貸倒引当も大きくなるでしょう。
このようなケースの場合、これらの費用も年間の計上額を算定した上で各月に計上することが望ましいです。
但し、会計ソフトの場合年度末に自動で仕訳されるため、放っておくと二重で計上されてしまいます。それを防ぐために、年度末の月にはマイナスの仕訳を入れて補正する必要が生じます。
業績に影響を与えない程度なら一括計上しても差し支えない
正直面倒だなと感じたかもしれません。私も正直上の表を作るのが面倒でした
会社をより良くするための作業で無駄な時間を発生させては本末転倒なので、軽微な額についてはまとめてしまっても良いと思います。
例えば、年間の費用が1億円ある企業が、5万円の支払を分割して計上しても手間になるだけです。
極論を言うと意思決定に影響する額のものだけ分割すれば良いのですが、「意思決定に影響する」のはどの程度からなのかという点は判断に慣れが必要なところです。
発生主義を意識
まず、発生主義とは何か確認しておきましょう。
発生主義とは、商品などの提供の事実によって費用を認識する会計処理の原則。
グロービス経営大学院ホームページより
費用を認識する時点としては、商品・製品やサービスの提供を受けた時点、あるいは代金を支払った時点などが考えられるが、通常「その商品・製品が使われたり、サービスが提供されたりした時点」に費用として認識するのが原則である。これは、費用を現金の支払い時点で認識すると、商品などを提供されていなくても、事前に前払金などの形で現金を支払うと費用になり、逆に商品などの提供を受けている場合であっても、現金を支払うまでは費用とならないことになり、会社の実態が財務諸表に反映されないからである。
例えば給与では、実際の給与の支払いが行われていなくても、従業員が働いているのであれば、その働いた期間に対応する給与はすでに将来的に支払う義務があるので、その時点で費用と考えるのである。
このように商品などの提供の事実によって費用を認識する基準が発生主義であり、現金の動きに注目して支払った時点で費用を認識する基準のことを現金主義という。
ざっくり言うと「貰う権利/払う義務が生じた」タイミングで売上・費用認識することです。
これに対して、実際に入金があったり支払いを行ったりといったタイミングで売上・費用認識することを現金主義といいます。
そもそも原則は「発生主義」に拠らなければならないとされているので、年度末のタイミングなどでは未払金を計上したりすると思いますが、月次決算を行う場合は毎月確認する必要があります。
現金主義では各月の状況が把握出来ない
例を挙げるとクレジット払いの売上は翌月に入金されたりしますが、これを現金主義で仕訳してしまうと次のようになります。(ややこしくなるのでクレジットは全て翌月入金とします)
2019/4 | (借方)現金預金 150,000 | (貸方)売上 150,000 |
2019/5 | (借方)現金預金 40,000 | (貸方)売上 40,000 |
特に問題無いじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、これを見てどう思うかというと「4月は良かったけど5月は悪化したなぁ」となるでしょう。
しかし、この企業の売上を細かく見ると次のようになっていました。
- 3月の現金売上 10,000
- 3月のクレジット売上 120,000
- 4月の現金売上 30,000
- 4月のクレジット売上 10,000
- 5月の現金売上 30,000
- 5月のクレジット売上 140,000
実は悪いと思っていた5月が3ヶ月で最高の売上で、逆に良いと思っていた4月が最低だったのです。危うく問題の月を見誤るところでした。
というわけで発生主義で計上するとこうなります。
2019/4 | (借方)現金預金 150,000 売掛金 10,000 | (貸方)売掛金 120,000 売上 40,000 |
2019/5 | (借方)現金預金 40,000 売掛金 140,000 | (貸方)売掛金 10,000 売上 170,000 |
クレジットの売上を売掛金処理することで4月・5月の正しい売上が会計から見えるようになりました。
通帳を見てもわからない売掛金(買掛金)などの仕訳は慣れるまで難しいですが、年度末には行うべき処理なので、練習も兼ねて月次でも意識しておくと良いです。
内訳を作る
売上で言えば、決算を作るだけなら本業売上と雑収入くらいに区別すれば問題ありません。
しかしながら、その区別だけでは売上がなぜ良かったのか、なぜ悪かったのかわかりません。
飲食店で考えてみると、「食事」の売上もあれば「デザート」「ソフトドリンク」「アルコール」など様々なもので売上は成り立っています。
ここを区別しておくことによって、何が強くなってきているのか、今後何に注力していくかを考える材料になります。
一番良いのは「生ビール」「レモンサワー」など完全に商材別にしてしまうことですが、経理への負担が大きくなりすぎるので大枠だけ用意して、詳細な分析はレジのデータなどを使うといった運用でも良いかと思います。ここも経験が問われるところです。
内訳については月次を作ろうと作るまいと用意することをおすすめします。
外部に依頼する際の注意
記帳代行だけでは月次決算は作れない
領収書を代行業者にまとめて送るだけのような記帳代行の場合、ここまで触れてきたような「売掛金」や「買掛金」の存在は認識出来ません。
委託先と連携して、掛金処理の内容も詰めていく必要があります。
専門家でも月次決算のスキルが有るとは限らない
例えば税理士や会計士はそれぞれ税務・財務のプロですが、あくまで会計規則等のルールに則った処理のプロです。月次会計の処理や補正は範囲にありません。
もちろん、会社の実態をきちんと理解した上で月次計上をする方法を学ばれている税理士・会計士の先生も多くいらっしゃいますが、そうでない方もいるので気を付けましょう。
かといって私のような中小企業診断士なら任せられるのかというと、診断士の試験範囲にも月次決算なんて無いので微妙なところです。会社の実態を把握するという点では士業の中でも学ぶ機会が多い資格ではあるので良いかと思いますが。
会社のことを考えられる人が担当すべき
ひとことでいえば、月次決算の導入目的は「会社のことをよりよく知るため」です。
なので、外注を利用するにしても内製でやるにしても、会社のことをよく知っており、どういう情報が必要なのか考えられる人が担当するのが望ましいでしょう。
そういった意味では、次期社長にと考えている社員が居る場合、一度月次決算を担当させてみるのも一つの手かもしれません。